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1994年から1996年までアビスパ福岡でプレーし('94,'95当時は藤枝ブルックス、福岡ブルックス/JFL)、現在はアルゼンチンリーグ1部の名門のヒムナシア・ラプラタで監督を務めるペドロ・トログリオ氏に話を伺いました。
ペドロ・トログリオ from ARGENTINA (06.11.2) |
- 日本を去って10年経ちますが現在の日本のサッカーについて聞かせて下さい。
日本はワールドカップにも出場するようになり、とても発展したと思います。これからがとても楽しみですね。
- アビスパ福岡は今年1部に昇格しましたがご存知ですか?
2002年に2部落ちしてしばらくはJ2にいたことは知っていました。1部に昇格したことは友人でもあるロベルト佐藤(アビスパ福岡時代からの付き合い/現 在はFIFAエージェント)に聞いて知りました。嬉しく思いましたし、このまま頑張ってほしいと思っています。
- 福岡で思い出に残っていることは何ですか?
それは全てですね。家族みんないつも福岡のことを思い出しています。とても良い思い出ばかりが残っていますね。また福岡へ行きたいです。
- 現在アルゼンチン1部のヒムナシアの監督ですが2005-2006シーズンは前期・後期とも素晴らしい成績を収められましたね。
2002年ヒムナシアで選手としてプレーしている時に監督のライセンスを取りました。そして2004年の終わりにヒムナシアが降格しそうになった時に残り3~4試合の指揮をとることになり、最後の試合で降格を免れこのチームを救うことができました。そして2005-2006シーズンの前期は2位という結果を残せたのでよかったと思っています。
監督になって特に苦労したことはありませんしとても楽しいです。私はこの仕事が好きです。
- 将来、ヨーロッパで監督になる可能性もあると思いますが、日本から監督業のオファーがあれば来ていただけますか?
もちろんです。この仕事が好きなのでどこでもほしいと言ってくれる所へ行きます。日本からの話があれば喜んで行きます。
-2006-2007シーズン前期の出だしはやや苦しんでいますが(現在15位/11月6日現在 )巻き返しを期待しています。
そうですね。だけどこれはしょうがないですね。頑張ります。
-昨季通産22点のバルガスが抜けた穴は大きかったですか?
そうかもしれませんが、クラブは3人の選手を売ることができ約1500万ドルの利益を得たので経済的に潤い良かったと思いますよ。
(バルガス→モナコ/フランス、 ロボス→カディス/スペイン、 リチト→ヘタフェ/スペイン)
確かにバルデスがいないのは痛いですが、それよりも左サイドバックのリチトが抜けた穴は大きかったですね。
-今季はグーリー、ダンケ、シルバ選手などを獲得しましたが、満足のいく補強となりましたか?
補強は良しとしています。問題は4人ほど怪我人がいることが頭が痛いですね。
-日本からアルゼンチンへ留学へ行っていますがメリットは何でしょうか?
海外へ出て色々と経験を積むことはとても良い事です。サッカーはもちろんですが、人間としても成長できるでしょう。是非私のチームにも来て下さい。
-最後に日本のファンへメッセージをお願いします。
日本に居るときは色々とお世話になり有難うございました。また、日本で会える日を楽しみにしています。
[PROFILE]
Pedro AntonioTROGLIO (1965/07/28)
選手歴
1983-1988 リバー・プレート
1988-1989 エラス・ヴェローナ(ITALY)
1989-1991 ラッツィオ(ITALY)
1991-1994 アスコリ・カルチョ(ITALY)
1994-1996 藤枝ブルックス/アビスパ福岡
1997-2002 ヒムナシア・ラ・プラタ
2002-2003 ビジャ・ダルミネ
代表歴
1990 FIFAワールドカップ準優勝
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